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7月8日17時29分配信ツカサネット新聞19歳に歌手デビューした浜崎あゆみ。過去の高額納税者番付(現在は個人情報保持のため、やっていない)の上位に位置するなど、一見幸せで華やかな生活を送っていると思う人もいるのかもしれない。事実、お金は充分にあって高級マンションも持っていると言われている。でも本当の幸せにはなかなか辿りつけない。そんなイメージを持つのは何故だろうか。浜崎は元々モデル、女優であった。地元ではポスターの広告に彼女の姿を見ることもあったようだ。やがて女優として東京での活動を始める。ツインズ教師などのドラマに出演していたが、これといった当たり役もなく事務所との契約は切れた。その後、幸運にも歌手としての才能が見出され、見事歌手デビューを果たす。デビュー当時の彼女の楽曲の特徴は、詞の悲しさである。まるで彼女の心の闇を写りだしたかのような、悲しくもモラトリアムな詞。そして女子高生など若者を中心に絶大な人気を得て、浜崎あゆみは「勝ち組」のレッドカーペットを走ってゆく。オリコンウィークリーチャート1位、ミリオンセラー、全日本有線放送大賞グランプリ、日本レコード大賞受賞、NHK紅白歌合戦出場、ドームツアーと、歌手としての階段をどんどん駆け登る浜崎。しかし彼女には同じアーティスト間の交流の話がなく、何十人のお付きの人がいる、飲みに行くのはスタッフと、という話しか聞こえなかった。そこにある話が舞い込んだ。2003年9月に発覚した、TOKIOの長瀬智也との交際である。そのころ作詞していた詞は恋愛を彷彿させるような甘いものが多かった。しかしそれは長くは続かなかった。長瀬との破局報道あたりから、まるで「別れた恋人を想う」詞をいくつかみつけるようになった。そう。彼女の詞には彼女の想いが入っているのだ。その後も悲運が続いた。2000年のコンサートツアー中から多忙による左耳の疾患である「内耳性突発難聴」を患った。しかし結局治療のための休養は取らずに働き続けた結果、左耳の聴覚を完全に失われたと発表された。マスコミには、「奇跡的に治った」という報道もあったが、実際は最初の報道通り、全く左耳が聞こえない状態である。これは彼女のファンクラブ専用のブログでも本人の口から語られている。更に追い打ちをかけるように彼女の姉貴分の訃報があった。恐らくどん底に落とされた気分だったのだろう。しかし、コンサート会場の舞台に上がった浜崎は、溌剌とした姿であった。そしてこの姉貴分の訃報を観客に知らせた。そして彼女はこれからも歌い続けるのであろう。お金が欲しい、お金持ちになりたい。そう思う人はたくさんいるだろう。でも決して忘れてはならない。お金だけで幸せになれる者なんて1人もいない。浜崎あゆみは何度も壁にぶち当たっているし、悲しい出来事もあった。でもそれを乗り越えようとしている。彼女が悲劇の人と上から見たりはせず、エールを送ってやりたい。
[引用元:Yahoo[ツカサネット新聞]]
